Monthly Archives: 8月 2014

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地獄のようだった就職活動

面接

就職氷河期と言われるこの時代。私はリーマンショックの影響をもろに受けることになった、残念な年の就職活動生だった。私たちのひとつ上の学年の人たちは、4流大学でも銀行員などの人気企業に就ける時代。私達も当然安泰だと思っていた。

面接でしゃべれない

就職活動を始めたのは大学3年の夏。面接が始まったのは大学3年の冬だった。地獄のように寒いのに、薄手の就活スーツを着て面接会場に向かった。そこで直面した現実「私、しゃべれない・・」。おしゃべりが好きだった私は、何とかなるだろうとたかをくくり模擬面接なども受けずに会場へ向かった。そこで、撃沈。なにも言えずに泣いて帰った記憶だけ残る。おそらく、私も大学時代に何かこれといった活動などをしていたら何かしら話せただろう。しかし、大学時代の私はバイトを転々とし、飲み歩く毎日。苦学生ならぬ腐学生だ。この時、はじめて人生を後悔した・・・。

大手企業しか受けていなかった

それでも大企業に受かるという夢は捨てきれず、名の通った企業ばかりうけていた。1次は通ることがあっても筆記で落ちるの繰り返し。それもそのはず。ある企業で、となりに座った人たちは名の知れた私立大や国立大。私は恥ずかしくて自分の大学なんて言えなかった。もちろん、筆記が受かるわけもなくそこで終了。しかし1つ上の先輩たちは、このレベルの企業に就職していた人も多かったので「いつか受かる」という気持ちで無駄に前に突き進んでしまった。そんなことをすていたら月日は過ぎ、大学4年になってしまった。

中小企業にシフトする

私には一緒に就職活動を共にしていた相方がいた。その人も大企業志望だったので、私と同じような大企業ばかり受けていたが、私は早めに中小企業にシフトした。3か月間本気で就職活動をしてみて、やっと私には大企業は厳しいということに気づいた。本当にあと少し早く気づいていればもう少しいい企業に就職できていたきがする・・・。私は大学4年になると同時に中小企業にシフトしたので、四月末に内定を得た。しかし、大企業志望だった相方は8月まで就職活動地獄から抜け出すことが出来なかった。結局夏前に中小企業にシフトし、内定を得ることが出来た。このころになると、きまっている人・きまってない人が分かれるので温度差も出てくる。決まっていない人へのフォローというか心配りはしかっりしてあげないと可哀想だ。

なんだかんだ決まったが・・

なんとか、卒業後にフリーターは免れた私だが、もっと早くに自分の実力を見極めていれば、もっと自分にあった企業を見つけられたのではないかと思っている。就職活動をする際は、なによりも自己分析が大事ということが身に染みて分かった。

不動産会社に入社する際に気を付けた方がいいこと

仕事中眠る女性

私が不動産会社に入社して感じたことを、色々とご紹介していこうと思います。

半端ない残業

残業はあるとは承知していたが、想像以上だった。繁忙期は毎日22時くらいまでパソコンに向かう他、遅い時間から物件の案内にも行かされた。女性も男性も関係なし。真っ暗闇の中、慣れない道を通るのは結構怖かった。それでも、女性の私は22時くらいには返してもらえたが、男性は毎日24時くらい(終電くらい)まで残っていた。本当に体力だけでなく精神的にもやられる。ちなみに、4月に入社して8月までに3人同期が辞めた。私も速攻辞めるだろうと思っていたが、何故か長い間会社にしがみついている・・・。

給与は同年代より多め

残業代は出ないが、ボーナスは頑張った分だけ成果として反映されるシステムだった為、20代のうちは同年代よりは年収が良かった。大体430万円くらい。25歳でこの金額は結構多い方だった。いつも「いつ会社を辞めよう」とか、そんなことしか考えていないが、ボーナスを貰うとふりだしに戻る。また、ボーナスが欲しいから頑張ろうと。それがこの会社の戦略なのかもしれない。

土日休みの友達とは疎遠になる

しかし、残念なことに冠婚葬祭以外は基本的には土日の休みはもらえない。家を探しに来る人は大体土日がメインだからだ。土日休みの人とは疎遠になることは避けて通れない道だと思う。不動産合コンという言葉があるくらいだった。不動産会社の人は土日休みの人とは中々会えないから同業の人とカップルになることが極めて多い。現に私の会社も社内恋愛はとてつもなく多い。私の同期も大学時代に付き合っていた人とはほとんど別れた。それくらい会う時間が無い。私は、1か月に1回、結婚式か葬式か嘘の理由を作って時間を作っていた。本当はいけないのだけど、それが通用する店舗だったのが唯一の救いだったのかもいれない。当時の店長には今は感謝している(当時はとても嫌いだったけど・・)。

 車の運転は必須

車の運転技術は必ずといっていい程必要になる。家の案内をするので、わからない道やはじめての道も走ったりする。住宅街は狭い道が多い。これがはじめて行く道となると結構な確率でぶつけてしまったりする。なので、入社までの期間は車の運転は練習しておいたほうがいい。入社後に事故を起こすと車の修理代は自己負担分も大きい。中にはボーナスが修理代で消えたという人もいるので、車の運転の練習は念入りにしておいた方がいい。

私が不動産会社に入社した理由

OL 私が不動産会社に入社した理由

それは、ただ単にそこにしか内定を貰えなかったから。私が就職活動をした時期は就職氷河期まっただ中で、四流大学に在学中の私は一次面接さえほとんど通らなかった。エントリーシートを送ってはお祈りメール(不合格通知)が送り返されてくる毎日。心が折れそうになったとき、拾ってくれたのがこの不動産会社だった。

友達が働いていた

そもそも、この不動産会社も何のつてもなく内定を貰えたわけではない。3歳上の友達が働いていたからだ。面接でそのことを存分にアピールした。良いのか悪いのかわからなかったが、切羽詰まっていた私は「その友達から御社の話はよく聞いていて・・・」といかにも仕事内容をよく知っているかのように話し倒した。あまり大きい会社ではなかったので、面接官もその友達のことは良く知っていた。幸運にも、その友達は仕事がよく出来る。そのおかげなのか、内定を貰うことが出来た。その後、すぐ友達は会社を辞めたが内定は貰えたもの勝ちだ。

内定を貰えてからは

内定を貰った後は、その1か月後くらいに内定者交流会が東京のホテルで開かれた。あまり大きい会社ではないと思っていたが、結構な規模でびっくりした。そこで、今後同期となるみんなに出会った。最初は気が合わないかも・・・と思った人もいたが、後々よき理解者になってくれる友達も出来た。同期との出会いはこの会社に入社しての一番の財産。本当に良い友達に恵まれた。男女関係なく親しい友達が出来て、第二の大学サークルのような感じだった。

入社までは

入社までは、普通に大学に通い、卒論を書いたりしていた。結構ダラダラ過ごしていた。合間をぬって同期と集まってバーベキューやクリスマス会などのイベントを行った。サークルのようなノリ。入社するまでは皆大した悩みもなく、呑気な感じだった。大学時代に、あまりちゃんとしたサークルに所属してなかった私にとっては楽しい時間だった。内定を辞退して就活浪人しようかとも思ったこともあったが、同期の人柄の良さに惹かれ入社を決意した。

土日休みが絶対条件だった

もともと、一緒に就活をしていた彼や仲のいい友達は土日休みが多く、これだけは外せない条件だった。なので、内定を貰えたあとも最後まで悩んでいた。入社を決めた理由は同期の人柄の良さが一番の理由だが、他にも理由はあった。給与の良さだ。不動産会社というだけあって、頑張ったら頑張っただけ給与に反映されるシステムだ。給与は同じ新卒の子よりは良かった。四流大学でもがんばればお金をもらえる・・この気持ちが私を後押ししてくれた。

けどその後、お金を貰うことの大変さを思い知らされるんだけども・・その時はまだワクワク感しかなかった。