地獄のようだった就職活動

面接

就職氷河期と言われるこの時代。私はリーマンショックの影響をもろに受けることになった、残念な年の就職活動生だった。私たちのひとつ上の学年の人たちは、4流大学でも銀行員などの人気企業に就ける時代。私達も当然安泰だと思っていた。

面接でしゃべれない

就職活動を始めたのは大学3年の夏。面接が始まったのは大学3年の冬だった。地獄のように寒いのに、薄手の就活スーツを着て面接会場に向かった。そこで直面した現実「私、しゃべれない・・」。おしゃべりが好きだった私は、何とかなるだろうとたかをくくり模擬面接なども受けずに会場へ向かった。そこで、撃沈。なにも言えずに泣いて帰った記憶だけ残る。おそらく、私も大学時代に何かこれといった活動などをしていたら何かしら話せただろう。しかし、大学時代の私はバイトを転々とし、飲み歩く毎日。苦学生ならぬ腐学生だ。この時、はじめて人生を後悔した・・・。

大手企業しか受けていなかった

それでも大企業に受かるという夢は捨てきれず、名の通った企業ばかりうけていた。1次は通ることがあっても筆記で落ちるの繰り返し。それもそのはず。ある企業で、となりに座った人たちは名の知れた私立大や国立大。私は恥ずかしくて自分の大学なんて言えなかった。もちろん、筆記が受かるわけもなくそこで終了。しかし1つ上の先輩たちは、このレベルの企業に就職していた人も多かったので「いつか受かる」という気持ちで無駄に前に突き進んでしまった。そんなことをすていたら月日は過ぎ、大学4年になってしまった。

中小企業にシフトする

私には一緒に就職活動を共にしていた相方がいた。その人も大企業志望だったので、私と同じような大企業ばかり受けていたが、私は早めに中小企業にシフトした。3か月間本気で就職活動をしてみて、やっと私には大企業は厳しいということに気づいた。本当にあと少し早く気づいていればもう少しいい企業に就職できていたきがする・・・。私は大学4年になると同時に中小企業にシフトしたので、四月末に内定を得た。しかし、大企業志望だった相方は8月まで就職活動地獄から抜け出すことが出来なかった。結局夏前に中小企業にシフトし、内定を得ることが出来た。このころになると、きまっている人・きまってない人が分かれるので温度差も出てくる。決まっていない人へのフォローというか心配りはしかっりしてあげないと可哀想だ。

なんだかんだ決まったが・・

なんとか、卒業後にフリーターは免れた私だが、もっと早くに自分の実力を見極めていれば、もっと自分にあった企業を見つけられたのではないかと思っている。就職活動をする際は、なによりも自己分析が大事ということが身に染みて分かった。

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